0(ゼロ)の向こうにあったもの。

Tree River Summer Grass Bank  - wroobelek / Pixabay

弱さと向き合ってきた1年

およそ1年前、スピリチュアルのオンラインお茶会に初めて申込み、欠点だと思っていたことが欠点ではないと認識しました。

ルナージュヒーリングスクールの受講生になってからは、セラピストをめざすために自分の問題や弱さと積極的に向き合うことをしてきました。

卒業してからも自分の問題の本質的なことは出てきてました。

それらを経て、私の最大の闇(心の弱さ)を知ることとなりました。

それは、ビデオ通話ウェルシークラスでのあるワークでの出来事でした。

自分の中の「やめて」の声

「やめて」という、私の中の一言からはじまりました。

「やめて」から感じることを聞き、それがヒントとなって、私の脳裏にひとつの映像が見えました。

濁流におぼれる我が子をみつけてたたずむ映像と、

誰でもいいから誰か助けて!と思う心の声でした。

❝誰でもいいから❞という部分は、見えない存在も指します。

私の新たな過去生です。

ここから芋ずる方式に記憶が呼び起され、

よくない影響となる部分があるため詳細割愛しますが、

「やめて」から紐解いた最大の問題は、私では見つけ得ないこととなりました。

周りは「なぜ?」とギモンに思うが、私にはわからない事実

ウェルシークラスに一緒に参加されているみなさん口をそろえて、

どうして過去生の私は自分で助けにいかなかったのか?と言い、

私は、大きな川が台風のような茶色い濁流となっているから、助からない、と答えました。

彼・彼女らが「どうして?」「なんで?」と感じ、私に質問を投げかけるその「なんで?」が、

私にはさっぱりわからなかったんです。

無意識で行う諦め。闇です。

【なんで諦めるのか】

【え?だって、あんなひどい濁流では助からないから、見えない存在でもなんでも助けてほしいと願った】

それが諦めているのだと把握するのにだいぶ時間がかかりました。

そう言われると【諦める心】は、確かに今世でもあります。

ここまではできるだろう、これは無理だろう、と当たり前のように自分で限界を作ってしまう。

その限界点までは、諦めないしがんばるから、私は諦めの悪い人だと認識していました。

でもそもそもが違うんです。

考えられる範疇では、人間誰もが諦めず努力すると思います。

そうではなく、いつでも、どんなときも、限りない可能性は自分のなかに存在するんだ。

概念刷新。枠のない【光の可能性】

0(ゼロ)の向こうには、何代もの過去生と今世の私が初めて知る【可能性】の概念がありました。

本当に無意識の部分を変えるので、自分の価値観や概念を0(ゼロ)にしていかなければ、これにたどり着いたかどうかわからないなと感じています。

今、晴れやかで、いい気分です。

ありがとう。そして伝えたい。

ウェルシークラスの人たちに感謝の気持ちを込めて、

そして本来の自分探しをしておられる方々に向けて、ヒントにして頂ければと思い、

今日の記事を書き記します☆

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